「相続税の納税猶予」という言葉を聞いたことはあっても、具体的に何がどう猶予されるのか、いまひとつイメージが湧かないという方は少なくありません。実家の農地や家業の自社株式を相続することになり、「税金が猶予されるらしいが、自分のケースで使えるのか」「使ったら本当に得なのか」と不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
まず押さえておきたいのは、納税猶予は相続税がかからなくなる制度ではないという点です。一定の要件を満たすことで相続税の納付を先送りでき、その後も要件を満たし続けることで、将来的にはじめて猶予されていた税額が免除される仕組みになっています。「猶予」からスタートし、条件を満たし続けた結果として「免除」にたどり着く制度、とイメージするとわかりやすいでしょう。
本記事では、税理士資格を持つ弁護士が次のポイントをわかりやすく解説します。
- 納税猶予の対象になる財産の種類
- 延納・物納との違い
- 適用を受けるための要件
- 手続きの流れ
- 条件を満たせなくなった場合(打ち切り)のリスク
ご自身のケースで使えるかどうか判断に迷う場合は、早めに専門家に相談することで見通しが立ちやすくなりますので、ぜひ最後までご覧ください。
相続税の「納税猶予」とは?猶予から始まり、条件を満たし続ければ免除される制度
納税猶予とは、農地や非上場株式など一定の要件を満たす財産を相続した場合に、その財産に対応する相続税の納付が猶予(先送り)される制度です。相続税の申告自体は必要で、納税猶予の特例を受ける旨を記載した申告書を提出することで、対象となる財産にかかる相続税額の納付が猶予されます。
ここで押さえておきたいのは、「猶予」と「免除」が別の段階だという点です。猶予されている期間中、要件を満たし続ければ、最終的には猶予されていた税額そのものが免除されます。
免除に至るきっかけは制度によって異なり、たとえば農地の納税猶予では営農の継続や相続人の死亡が、事業承継税制(非上場株式の納税猶予)では次の後継者へ株式を引き継ぐことなどが、免除の要件として定められています(農地の納税猶予における具体的な年数の考え方は、この後の章で詳しく解説します)。
一方で、途中で要件を満たせなくなると猶予は打ち切られ、それまで猶予されていた税額をさかのぼって納付しなければなりません。相続税がゼロになる制度だと思い込んだまま農地や株式を引き継いでしまうと、後々の負担やリスクを見誤ってしまうおそれがあるので注意しましょう。
そもそも相続税が非課税になるケースや、非課税でも申告が必要になるケースについては、以下の記事で詳しく解説しています。

「相続税の納税猶予は20年」の本当の意味 ―延納との違いと、農地の20年免除ルール
「相続税の納税猶予は20年」という情報を目にして、「延納(相続税を分割払いにできる制度)の20年」なのか「農地の納税猶予の20年」なのか区別がつかない方も多いのではないでしょうか。
同じ20年でも、延納では「分割払いが認められる期間」を指すのに対し、農地の納税猶予では「猶予税額が免除される条件」を指しており、意味はまったく異なります。
「20年」には2つの意味がある(延納の期間と、農地の納税猶予の免除要件)
1つ目は、相続税を分割払いにする「延納」の最長期間としての20年です。
延納は、まとまった納税資金を一括で用意できない場合に、相続税を分割して納めることを認める制度で、相続財産に占める不動産の割合など一定の条件のもとで、最長20年の分割払いが認められます。
2つ目は、農地の納税猶予における免除要件としての20年です。
農地の納税猶予は、本来は相続人が亡くなるまで営農を続けることで猶予税額が免除される制度ですが、三大都市圏の特定市以外の市街化区域内にある一定の農地については、20年間営農を継続すれば免除されるという特則が設けられています。
三大都市圏の特定市にある生産緑地地区内の農地や、市街化区域外の農地は、この20年の特則の対象ではなく、原則どおり終身の営農が必要になるので注意しましょう。
延納の年数や利子税率などの詳しい内容は、既存記事で解説していますので、そちらもご参照ください。

納税猶予は「対象の財産を持ち続けること」が前提の制度
延納や物納は、「まとまった納税資金がない」という状況に対応するための制度です。これに対して納税猶予は、農地や自社株式といった特定の財産を手放さずに次世代へ引き継ぐことを後押しするための制度で、制度の目的そのものが異なります。
納税資金の有無ではなく、「その財産を持ち続け、事業や農業を継続する意思があるか」が制度利用の前提になる点を押さえておきましょう。
相続税の納税猶予の対象になる財産の種類
納税猶予の特例は、対象になる財産の種類によっていくつかの制度に分かれています。ご自身が相続する(予定の)財産がどれに該当するか、まずは全体像を確認しましょう。
<対象の財産>
- 農地等についての納税猶予(農業を続ける相続人向け)
- 非上場株式等についての納税猶予=事業承継税制(自社株式を引き継ぐ後継者向け)
- 山林についての納税猶予(林業を続ける相続人向け)
- 医療法人の持分についての納税猶予(持分の定めのある医療法人から、持分なし医療法人への移行を後押しする制度)
- 個人の事業用資産についての納税猶予=個人版事業承継税制(個人事業の後継者向け)
- 特定の美術品についての納税猶予(国宝・重要文化財等を美術館に寄託し続ける場合に、相続税額の80%の納税が猶予される制度)
このうち、家業の自社株式を引き継ぐ場合に関係する事業承継税制については、適用要件や特例承継計画の提出期限などの詳細を以下の記事で解説しています。

上記の中でも特に多くの方に関わりがあり、かつ制度が複雑な「農地を相続した場合の納税猶予」について、次の章で解説します。
農地を相続した場合の納税猶予制度
実家の農地を相続すると、要件や手続きが複雑な「農地の納税猶予」が関わってくるケースがあります。ポイントを整理しておきましょう。
適用を受けるための要件(被相続人・相続人・農地それぞれ)
農地の納税猶予を受けるには、財産を遺す側(被相続人)、財産を受け継ぐ側(相続人)、そして対象となる農地そのもの、それぞれについて要件を満たす必要があります。
<主な要件>
- 被相続人:亡くなる日まで自ら農業を営んでいたことなど
- 相続人:相続税の申告期限までに農業経営を開始し、その後も引き続き農業を営むと見込まれること
- 対象になる農地:市街化区域内の農地や、市区町村が指定する「生産緑地」(都市部で緑地として維持することを条件に税制上の優遇を受けている農地)は、通常の農地と扱いが異なる場合がある
ご自身が相続する農地が対象となる場合、通常の農地と扱いが異なることがあるため、事前に市区町村や専門家に確認しておくと安心です。
猶予される税額の考え方
農地の納税猶予における猶予税額は、通常の相続税評価額と、「農業投資価格」(その農地を将来にわたって農業用として利用することを前提に評価した価格)との差額に対応する部分について計算されます。
宅地に転用できる可能性を織り込んだ通常の評価額に比べ、農業専用の土地として評価する農業投資価格は低く算定されるため、その差額分に対応する相続税額が猶予の対象になる、とイメージするとわかりやすいでしょう。
納税猶予が「打ち切り」になるケースと利子税
農業をやめてしまった場合や、対象の農地の全部または一部を譲渡した場合など、一定の事由が生じると納税猶予は打ち切られます。
打ち切りになると、それまで猶予されていた相続税額に加えて、猶予されていた期間に応じた利子税(いわば「猶予を受けていたことへの利息」にあたるもの)をあわせて納付しなければなりません。
利子税の税率は、農地の区分によって次のように定められています。
- 都市営農農地等・市街化区域外の農地等:本則年3.6%
- 市街化区域内農地等の一部:本則年6.6%
ただし実際に適用される税率は、その年の金利水準に応じて「本則税率×利子税特例基準割合÷7.3%(0.1%未満切り捨て)」という算式によって軽減されており、令和8年分(利子税特例基準割合1.3%)ではおおむね年0.6%〜1.1%程度の水準です。
この割合は毎年見直されるため、実際に打ち切りとなった年の税率をあらためて確認する必要があります。
出典:国税庁「延滞税の割合」
猶予税額が免除されるケース
農地の納税猶予は、原則として相続人が亡くなるまで営農を続けることで猶予税額が免除される制度です。ただし、三大都市圏の特定市以外の市街化区域内にある一定の農地については、20年間営農を継続すれば免除される特則が設けられています。区分ごとの違いを整理すると、次のとおりです。
| 農地の区分 | 免除の要件 |
| 三大都市圏の特定市にある生産緑地地区内農地・田園住居地域内農地等(都市営農農地等) | 相続人が亡くなるまで営農を継続すること(終身) |
| 三大都市圏の特定市以外の市街化区域内にある一定の農地 | 相続税の申告期限の翌日から20年間営農を継続すること |
| 市街化区域外の農地(一般の農地) | 相続人が亡くなるまで営農を継続すること(終身) |
納税猶予の手続きの流れ
農地の納税猶予の適用を受けるための主な流れは、次のとおりです。
- 相続税の申告期限までに、納税猶予の特例を受ける旨を記載した申告書と、担保提供に関する書類をあわせて税務署へ提出する(担保は、猶予を受ける農地等そのものを提供するのが一般的)
- 猶予を受けた後も、3年ごとに農業を継続していることなどを報告する「継続届出書」を税務署へ提出する
- 要件を満たして農業を続けていても、この届出書の提出を怠ると納税猶予が打ち切られてしまう可能性があるため、長期間にわたって提出時期を管理できる体制を整えておく
納税猶予を使うべきかどうかの判断ポイント
納税猶予には、次のようなメリット・デメリットがあります。
- メリット:農地や自社株式など、売却しにくく手放したくない財産をそのまま維持しながら、相続税の負担を抑えられる(まとまった現金を用意できない場合でも、財産を守りながら相続を進められる)
- デメリット:要件を満たし続ける責任が長期間にわたって発生する(途中でやめると、猶予されていた税額に利子税を加えて納付する必要があり、結果的に負担が重くなる可能性がある)
納税猶予は、一度使うと簡単にはやめられない制度です。将来的に農業や事業をどの程度続ける意思があるかが、利用すべきかどうかの判断の分かれ目になります。
納税猶予を利用すべきか判断が難しい場合は、当事務所の生前対策・相続税節税サポートをご検討ください。
納税猶予を検討するなら、税理士・弁護士に相談すべき理由
納税猶予の適用可否の判定や猶予税額の計算は、税理士の専門領域です。しかし実務では、相続人の間で「誰が農地を引き継ぐか」「自社株式をどう分けるか」といった点で意見が分かれ、法的な調整が必要になるケースも少なくありません。税務上の判断と、遺産分割をめぐる話し合いは、切り離せない場合が多いのです。
当事務所(虎ノ門法律経済事務所上野支店)には、弁護士・税理士両方の資格を持つ専門家が在籍しています。納税猶予が使えるかどうかの判定から、相続人間の遺産分割の調整まで、一貫してご相談いただけることが強みです。
制度が複雑で判断に迷う場合こそ、税務と法務の両面から状況を整理できる専門家に相談することをおすすめします。
よくある質問
Q1. 相続税の納税猶予の特例とは?
A. 農地や非上場株式など、一定の要件を満たす財産を相続した場合に、その財産に対応する相続税の納付が猶予され、条件を満たし続けることで最終的に免除される制度です。
Q2. 相続税が払えない場合はどうすればいいですか?
A. 納税猶予が使えるのは対象になる財産が限られるため、まとまった納税資金がない場合は、延納や物納の検討が中心になります。詳しくは以下の記事をご覧ください。
【内部リンク】相続税の申告期限に間に合わない場合の対処法|ペナルティと解決策を税理士×弁護士が解説
Q3. 納税の猶予の条件は?
A. 対象になる財産の種類ごとに要件は異なりますが、共通して「相続税の申告期限までの手続き」「担保の提供」「その後の継続届出」が必要になります。
Q4. 相続税の納税猶予は20年で免除されるのですか?
A. 農地の納税猶予は、原則として相続人が亡くなるまで営農を続けることで免除されます。20年で免除されるのは、三大都市圏の特定市以外の市街化区域内にある一定の農地に限られる特則で、すべての農地に当てはまるわけではありません。また、相続税を分割払いにする「延納」の最長期間も20年であるため、混同されやすいですが、別の制度です。
まとめ
相続税の納税猶予は、「猶予(先送り)」から始まり、要件を満たし続けることで初めて「免除」に至る制度です。途中で要件を満たせなくなれば、猶予されていた税額を利子税とあわせて納付しなければならないため、安易に「猶予=得」と捉えるのではなく、長期的に制度と向き合う覚悟が必要になります。
対象になる財産の種類は多岐にわたり、ご自身のケースで適用できるかどうかの判断には専門的な知識が求められます。実家の農地や家業の株式の相続でお悩みの方は、ひとりで抱え込まず、早めに専門家へご相談ください。
虎ノ門法律経済事務所上野支店では、弁護士・税理士のダブルライセンスで、納税猶予の適用可否の判定から遺産分割の調整まで一貫してサポートいたします。初回のご相談は無料で承っておりますので、まずはお気軽にお問い合わせください。
お問い合わせ
当日または翌日のご相談を希望される場合は、
お電話にてお問い合わせ頂いた方が確実です。
ご相談予約専用
受付:平日 9:30 – 19:00/土曜 10:00 – 12:00
初めてご相談される場合、費用は無料です。
じっくりお話を伺ったうえで、ご質問・ご疑問にお答えし、解決方法・手続の流れについて、丁寧にご説明いたします。お気軽にお越しいただき、率直にお話しください。依頼した場合の費用も、明確に見積り、ご案内します。
その場で依頼する必要はありません。一度お持ち帰り頂いて、じっくりご検討ください。




